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aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

増田の「ワナビの中で一人称視点の評価が異常に低いのはなぜか」考察

anond.hatelabo.jp


 ブコメでは少し書き足りなかったので、仕事中暇つぶしがてら色々と考えてみた。
 以下、何も調べずに書いたので根拠はない。脳内文章。

基本

 一人称小説ってのは小説の登場人物(人間とは限らない)の主観によって語られる。出来ること出来ないことメリットデメリットあるのだけど、だいたい以下の様な感じだと思う。

メリット

  • 基本的に小説の最後まで同一の語り手(必ずしも語り手=主人公ではない)の視点で進むため、感情移入しやすい。
  • 語り手が変わらないから物語の理解がしやすい。
  • 語り手の言葉で進むから文章が個性的になりやすく、ハマると文章を読んでいるだけで面白い。
  • 初心者が書きやすい(ここが問題点)

 

デメリット

  • 語り手が個性や文体が痛すぎると読んでえもらえないことがある。
  • 語り手の知らないことは書けない。
  • 語り手が体験したこと以外は伝聞になるので、即時性が薄れ緊張感がなくなる。(友人が殺人犯に襲われた話書く場合、一人称なら事後に伝聞形式で書かなくちゃいけない。友人本人から聞く場合は友人が死亡する結末はあり得ない。三人称なら友人の視点で殺人犯に襲われるシーンを直で書ける)
  • 基本的に語り手が変わらないから、複雑な構成の物語は作りにくい。

初心者が書きやすい理由

メリットのところに初心者が書きやすいと書いたのは、こんな感じの理由から。

  • 構成の複雑化を防ぐことが出来る。(時間軸が前後しまくったり、登場人物が入り乱れたりして理解不能になる危険が減る)
  • 作者に近い語り手を設定することで、作者は自分自身の一人称で物語を進められる。(初心者の一人称小説はだいたいこれ。だから書きやすい)


 自分自身の実感としては、一人称の難易度は三人称に比べて難易度が高いんじゃないかと思っている。一人称小説を書く場合、セリフ以外の文章、言葉、単語はすべて語り手の言葉でなきゃいけない。もちろん、考えているのは作者だから作者の言葉なのだけど、語り手のフィルターを通さなきゃいけない。作者の素の言葉を垂れ流してるようじゃダメだ。一度立ち止まって、本当に語り手の言葉なのか、じっくりコトコト考える必要がある。


 例えば、”僕が空を見上げるとソフトクリームのような雲があった。”っていうつまらない文章があったとする。ここで考えなくちゃいけないのは、語り手である「僕」が空を見上げた場合、本当にソフトクリームなんて表現をすんの? もっと別の、色、形、質感、味、におい、音なんかを使って表現しないの? そもそも空を見上げた時にマジで雲に注目すんの? 太陽や空の青さや鳥なんかに注目しねーの? なんてことを考える。語り手のフィルターを通す。このフィルター通しを全ての文章にやる。これが一人称小説を書くことなんじゃあないかと思うわけですよ。(私小説とか知らない)


 で、そろそろ結論らしきものを書く。


 なぜワナビの中で一人称視点の評価が異常に低いのはなぜか。それは、語り手のフィルターを通す作業ができていないから。小説内のキャラを語り手にせず、作者と同等のメンタリティを持った作者の分身を語り手(主人公)にし、作者の思想信念心情が前面に出ているから。そういう気持ち悪い小説だから。




 あと、このブコメには反対かな。

ワナビの中で一人称視点の評価が異常に低いのはなぜか

一人称だと語り手の体験しか書けないからどうしても出せる情報量が少なくなる。ハルヒや俺ガイルみたいに語り口そのもので読ませるという意図がないのなら、一人称を選ぶメリットはあまりない。

2016/08/03 10:18


 一人称は特殊な文体、語り口を表現するためのツールではないんじゃないかと思う。もちろん、そういう個性的な文体で面白い小説が多いのも事実だけど、一人称小説ってのは、語り手が見た世界を、語り手の言葉で表現するための手法じゃないかな。一人称で書かれた小説は読者と語り手の距離がぐんっと近くなり親近感をいだきやすくなる。小説世界により浸ることが出来る。少女の一人称のできの良い青春小説とか読んだらきっと胸がキュンキュンしちゃう。だから、語り手に強烈な個性も文体も必須じゃないと思うんだよね。個性的な文体でなければ書く意味が無いというのは違うと思う。