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aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

【夏休み特別企画】納涼フェスティバル参加 2つ目

novelcluster.hatenablog.jp

 参加。2つ目。こっちはがんばって書いた。
 

シミ

 木村さんは電車通勤をしている。駅から地下道を通って会社へ向かうのだが、その途中の壁に奇妙なシミがある。シミは人間の身長ほどの大きさで、コーヒーをぶちまけたような色をしていた。木村さんの記憶が確かならば、少なくとも十年以上前から存在している。
 木村さんには、シミが両腕を広げた人間のように見えていた。もちろん目の錯覚だということは分かっている。しかし、毎日毎日、シミの横を通っていると、たまに、人の気配のような、言葉に出来ない『何か』を感じる時があるのだという。

 その日は朝から激しく雨が降っていた。地下道には朝の通勤時間でも数えるほどしか人が歩いていなかった。
 木村さんがあくびをかみ殺しながら歩いていると、例のシミの前に人が立っていた。若い女だった。大学生ぐらいだろうか。全体的に地味な雰囲気で、黒縁のメガネをかけていた。
 女はうつむいてスマートフォンを操作している。
 なぜあんな所に立っているのか。気になって、木村さんが歩く速度を緩めると、突然、女の手元が発光した。そして、カシャッという電子音が鳴り響いた。
 女がシミの写真を撮った。まるで意味不明な行動だった。なぜそんなことをするのか。珍しい形のシミだからだろうか。
 木村さんは女の横を通り過ぎる時に、さり気なくスマートフォンの画面を確認した。間違いなくシミの写真だった。しかし、それを確認したからといって、女の行動を理解できるわけではなかった。不思議に思いながらも、木村さんは時間がないので会社へ急いだ。

 仕事を片付けて会社を出ると二十二時を過ぎていた。
 時間が遅いので地下道に人影はなかった。寿命が近い蛍光灯の明かりの中、木村さんの足音ばかりが響いていた。駅の方向へ歩いて行くと、やがて例のシミの前に差しかかった。女がそうしていたように、木村さんはシミの前に立った。スマートフォンのカメラを起動して構えた。
 深い意味はない。一日中、あの女の行動が引っかかっていた。だから、マネをしてみた。子供じみたバカげた話である。
 木村さんシャッターを切った。スマートフォンにシミの写真が保存された。見比べてみても、目の前にあるシミとなんら変わりない。
 当然の結果だ。あの女は街中の珍しい風景を撮っていたのだろう。そう思うことにした。

 帰りの電車、木村さんはゲームアプリで暇つぶしをしていた。三十分もすると暇つぶしに飽きてきた。ふと、先ほど撮った写真が気になった。ホームボタンを押して、画面を二回タップするとアルバムが開いた。
 シミが消えていた。いや、消えてはいない。消えていないが見えない。別のモノが浮かび上がって、シミを覆い隠している。
 それはスーツを着た男だった。目と口を閉じていて、表情がなかった。顔色が悪い。というより、血の気がない。生きているように見えなかった。
 木村さんは戸惑った。視線も親指も動かすことが出来なかった。どうすればいいか分からない。
 シミの上に浮かび上がっているのは、木村さん自身だった。
 なぜ自分が、という問いは無意味のように思えた。これはそういう類のモノではない。直感的に理解した。
 写真の中で、まぶたがピクピク痙攣した。
 写真なのに、動いている。
 そして、ゆっくり、まぶたが――。
 目が開く!
 木村さんはホームボタンを連打した。
 瞬間、画面がブラックアウトした。どれだけ触ってみても、なにも反応しなかった。
 二度とスマートフォンが起動することはなかった。
 
 現在、木村さんは通勤路を変更している。
 ただ、一度だけ部下と一緒に地下道を通った時、シミは木村さんの身体と同じ大きさになっていたという。