aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

エージェントの仕事 【第7回】短編小説の集い

GWだし久しぶりに参加してみました。
お題は未来。2800文字ぐらい。novelcluster.hatenablog.jp


 山田はCIAのエージェントである。昔はうだつのあがらないサラリーマンをしていた。粗大ごみのような製品を売りつけて、詐欺師と罵られ客先へ謝罪に行く日々であった。ゴールのないドミノを延々と作り続けるような人生だった。
 転機は突然に訪れた。ある日、『自分はCIAのエージェントなのではないか』と気づいたのである。だから、山田はCIAのエージェントになった。そういう運命だった。
 現在、山田は電車に乗っていた。電車内で敵対組織に対する諜報活動をしている、はずだ。ターゲットはいかにもモテなさそうな男子大学生の二人組である。大学生らしい頭の悪そうな話をしているが、おそらく、あれはカモフラージュで、なにか重要な情報をやりとりをしているに違いない。それを暴くのが山田の任務だった。
 山田は手帳を手にとって、スケジュールを確認するふりをしながら、大学生の会話に注意を払った。
「小学校の頃、タイムカプセルってあったでしょ」
「あー、そんなのもあったね」
「俺さ、実はあの中にヤバイ物入れちゃって」
 タイムカプセルの中にヤバイ物を入れた。山田は聞き逃さなかった。
 間違いない。彼らは機密性の高いなにかを受け渡ししようとしている。彼らの会話を一語一句聞き逃してはならない。山田は気を引き締めた。
「ヤバイ物って?」
「好きな子の写真」
 軽薄そうな大学生が吹き出した。
 まさか、今のは誰かに合図を送ったのか。山田はさりげなく車内を見回す。不審者は見当たらなかった。
 合図ではないのか。それとも、CIAを欺くほどの高度なテクニックが用いられているのか。気を抜けない相手だ。しかし、自分が本気を出せる好敵手というのも悪くない。山田は内心喜んでいた。
「えー、なんでそんなの入れちゃったの? タイムカプセルってそういうのじゃないでしょ? 頭大丈夫?」
「うるさいな。あの頃はその子と結婚すると思ってたんだよ。だから、未来の嫁をさ、記念として……」
「イタタタタタ、ガキ特有の根拠のない思い込みだ。いやあ、恐ろしいね」
「うるさい。俺は純情だったんだ!」
 好きだった女の写真が入ったタイムカプセル。これをそのまま受け取るのは危険だろう。なにか意味があるはずだ。 
「で、最近それを思い出してさ、のたうち回るほど恥ずかしかったんだよ。だから、回収に行ったんだ」
「別にいいじゃん。そんなの放っておけば」
「誰かに見られたらどうするんだよ。耐えられなかったんだ」
 女の写真が入ったタイムカプセル。その情報を受け渡す。なぜそんな面倒な手段で渡すのか。そこにヒントがある。山田は目をつぶって思考に集中する。
 中学生の頃、よくミステリー小説を読んでいた。この手の問題は得意なはずだ。極秘裏に女の写真をやりとりする。手渡せばいいのに、そんな方法でわざわざ渡す。なぜか。それは、この情報のやりとりを知られてはいけないからだ。つまり、これは、
「暗殺だ!」
 山田は思わず声をあげてしまった。車内の注目が集まる。大学生も山田を見ている。
 まずい。やってしまった。ごまかさないと。CIAエージェントであることがバレてしまう。
「アンコサツマイモサンド食いたいなあ」
 そう言いながら、山田はお腹をさすった。すぐに車内の人々は自分の世界へ戻っていった。
 暗殺とアンコサツマイモサンド、どう考えても似ている。うまくごまかせただろう。CIAエージェントになるためには、これぐらいの機転の良さが必要なのだ。
「回収に行ったってどこに埋めたか覚えてるの?」
「そりゃ小学校の校庭だよ。どこに埋めたか印があるから迷わない」
「小学校へ穴掘に行ったの? うわっ、変質者だ。よく逮捕されなかったね」
「堂々としていれば、案外大丈夫なんだよ」
 小学校の校庭に暗殺を依頼する女の写真が埋まっている。この女というのは何者なのだろうか。なぜタイムカプセルに入れる必要があるのか。まてよ。タイムカプセル……。山田はその単語に引っかかりを感じた。
「そうか。そういうことか」
 タイムカプセルというのはタイムマシンを言い換えたのだ。つまり女は未来人だ。なんの目的があるのかは分からないが、この大学生は未来からやってきた女を暗殺しようとしている。そう。こいつらは大学生ではなく偽大学生なのだ。
「写真は見つかったの?」
「うん。タイムカプセルを発掘して、無事写真を発見した」
「ふぅん、回収したんだ。見せてよ」
「いや、回収していない」
「なんで?」
「なんかな、写真を見ていたら懐かしい気持ちになった。こういう痛いことをする俺も俺なんだって」
「感傷的になっちゃったんだ」
「まあな、だから回収はやめて戻しておいた」
 この偽大学生たちに未来人の女が殺されようとしている。CIAエージェントとして、いったいなにができるだろうか。山田は迷わなかった。すぐに答えは出た。
 助けるしかない。この邪悪な偽大学生から女を守るのだ。
 山田は立ち上がった。隣の座席に座っている、極悪非道な偽大学生二人組をにらみつけた。そして言った。
「私はCIAエージェントのヤマダだ! 貴様らの悪巧みは全部聞かせてもらったぞ!」
 二人は山田を見ただけで特に反応しなかった。軽薄そうな男が微笑んで言った。
「山田さん、もう着きますから座っていてください」
「なに! なぜ私の名前を!」
 山田は混乱した。なぜ名前が知られているのか。敵の組織はそこまで先回りをしていたのか。
「私たちもCIAのエージェントだからですよ」
「なんだと! なにを言っているっ!」
 そんなはずはない。そんなはずはない。CIAが私をハメていたというのか。
「CIAエージェントの田所と木村です。毎日顔を合わせてますよね?」
「お前たちなど知らん! なんで女を殺す計画を立てていた? 私は彼女を守らなければならんのだ!」
 電車が駅に着いた。
 三人にはまるで関心を示さず、乗客たちが次々と降りていく。
「着きましたよ。行きましょう、山田さん」
 山田は動かなかった。この男たちがなにを言っているのか分からなかった。
 田所と木村は顔を見合わせた後、山田を両脇から抱えた。連行するように電車から出た。
「山田さん、いつも言ってますが、CIAは殺人の調査なんてしませんからね」
「山田さん、日本でCIAはないと思いますよ。もうちょっと設定凝った方がいいんじゃないですか」
「山田さん、あなたの奥さんを殺した犯人はもうつかまって刑も確定しています。CIAになって調査することなんてなにもないんですよ」
「山田さん、もう脱走しないでくださいね」
 田所と木村は子供に諭すように言う。
「わ、わたしは、CIAエージェント、ヤマダだ」
 山田は言った。確信はなかった。だが、それでも言った。言わなければならないような気がしていた。
 田所と木村は、もう、なにも言わなかった。山田の脇をガッチリと固めて、どこかへ向かって歩き続けた。
 歩き続けた。未来はどこにも見えない。

(了)