aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

ハロウィンのささやかな事件|短編小説の集い(A:ハロウィン)

【第1回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」


参加です。小説リハビリ2回目。スペース込みで4999文字。
百合をずっと書きたかったんで百合を書きました。
ハロウィン+写真+百合って感じですが、ハロウィンがメインなんでAってことにしておきます。

ハロウィンのささやかな事件

 放課後。白桜女学園の図書室には数えるほどしか人影がなく、ページをめくる音がやけに大きく響いていた。
 三瀬花恵は奥にある自習室へ足を向けた。歩きながら深呼吸して気持ちを落ち着けた。
 自習室のドアが五つ並んでいた。花恵は迷わず一番左のドアの前に立ち、使用中のプレートを確認してノックした。いつものように軽く二回。すぐに中から目当ての声が返ってきた。
「失礼します、すみれ子さま」
 堂上すみれ子が微笑で迎えてくれた。彼女の名前と同じ可憐な笑顔だった。
「いらっしゃい、花恵さん。どうぞ座って」
 花恵は隣の椅子に座った。一人用の自習室なので、二人で座ると身体が触れるほど密着する。すみれ子が身体を動かす度に、甘くて胸がトロトロになる匂いが発せられる。花恵はいつもその匂いにドキドキしていた。
「あの、今日は面白い話ではなくて、ちょっと気になるというか、意見をうかがってみたいというか……」
「気になること?」
 花恵は制服のポケットから写真を二枚抜き取って机に並べた。それは先週行われたハロウィンパーティーの写真だった。音楽室で、仮装をした花恵が友人たちと楽しそうに踊っている。
「誰に撮ってもらったの?」
「新聞部の野本景子さまです。先日届けてもらいました」
「あら、花恵さんは魔女の仮装したのね。とても可愛らしいわ」
「や、やだ、すみれ子さま。可愛らしいだなんて。そんな、はじめて褒められました」
「みんな見る目がないのよ」
 花恵の顔が発火した。こんな自然に褒めるのは卑怯だ。
「いや、あの、私のことはいいんです。ここを見てください」
 恥ずかしさをこらえながら、花恵は写真を指さした。それは音楽室の窓から見える景色だった。
「カボチャのお化けの仮装をした人が、子羊箱へ向かっているように見えるわね」
「はい。一枚目と二枚目のカボチャさんを確認して欲しいんですけど」
 視線を動かして、すみれ子は写真を見比べた。
 一枚目の子羊箱へ向かっていて、二枚目は用事を済ませて戻る途中のように見える。通学バッグを持っているのが気になる。すみれ子はそんなことを言った。
「最初、カボチャさんが子羊箱に相談を投函したと思ったんです」
「違うの?」
「わかりません。ただ、一枚目と二枚目の時間を見てもらえますか」
 写真にはデジタル時計が写っているので時刻特定は容易だった。
「四時三十四分と三十七分。投函するのにここまで時間がかかるかしら」
「ですよね。変ですよね」
「でも、投函するか迷っていた可能性もあるから、何とも言えないわ」
 すみれ子は判断を保留した。
「そもそも、なぜパーティーの最中に投函したんだと思いますか?」
「仮装していれば投函する姿を見られないから」
「それなら、早朝とか、夕方とか、タイミングはあるはずです。現にこうして写真に撮られてしまったわけで」
「そうね。パーティーの最中に投函する必然性はない。見られたくなくて変装してるのに、投函までに三分というのはおかしい」
「そうです。変です。断然変なんです!」
 ようやく考えが伝わって、花恵は少し興奮してしまった。すかさず、すみれ子が唇の前に人差し指を立てて注意した。
「状況を整理させて」
 すみれ子がノートを開いて万年筆を持った。高校生で万年筆は珍しいかもしれないが、白桜女学園では入学時、全員が同じ万年筆を買うことになっている。
 パーティーは先週の土曜日。時刻は午後四時三十四分頃。場所は音楽室。
 すみれ子はノートにサラサラと状況を書き出していった。
「音楽室では何をしていたの?」
吹奏楽部の演奏に合わせて歌って踊りました。楽しかったですよ。すみれ子さまは何をなさっていたんですか?」
「私は生徒会を手伝ったり、カフェテリアでお茶を飲んだり」
「それなら私がお誘いしても良かったんですね」
「気を使わなくていいわよ。私は好きで人の少ない場所にいるんだから」
 言葉とは裏腹に少し寂しそうな表情をしていた。次からは絶対に誘おう。花恵は思った。
「次は、子羊箱について。花恵さんはどんな物か知ってる?」
「ええと、保健室の前の用紙があって、それに悩みを書いて投函すると、養護教諭の森先生が相談に乗ってくれるんですよね。細かいことは知りません」
 箱は少し古いが頑丈な作りをしていて、投函口は郵便ポストのようになっている。投函は簡単にできても、抜き出すことはできない。そして、箱の鍵は森先生が管理している。そんな特徴をすみれ子が書き出した。
「用紙は森先生が土曜日の夜に回収しているの」
「詳しいんですね。使ったことあるんですか?」
「……用紙の前に利用方法が掲示されているのよ」
 花恵は追求せずに、言葉を胸の中にしまっておくことにした。
「問題はカボチャが子羊箱の前で何をしていたのか」
 すみれ子はノートに『相談の投函』と『用紙の回収』と書いた。
「回収ですか? でも鍵がかかってますよね」
「そこは考えないでおきましょう。子羊箱には投函か回収。どちらかの行動ができる。カボチャは当時どちらをしたのか」
「時間的に回収したんだと思います」
「そうね。回収という目的があるなら、仮装で姿を隠すのも不自然ではない」
「でも、回収するにしても、パーティの最中にやることですか?」
 朝でも夜でもいつでも可能なのだから、昼間にやる理由はない。
「理由があったのよ。例えば、回収すべき用紙がパーティの最中に投函されたとしたら?」
 すみれ子は万年筆でノートの一部を指した。そこには森先生が土曜夜に回収すると書いてある。
「そっか。森先生の回収時間がパーティのあとだから」
「パーティの最中に投函されたのなら、パーティの最中に回収するしかない」
「でも、そこまでして回収する相談内容ってなんでしょう」
カンニングを告発するような内容とか」
 嫌な例だが、カンニングをした人が投函されたことを知れば、回収したくなるかもしれない。
「でも、実際の相談内容は分からないですね」
「そうね。情報が足りないわ。他にヒントとかないの?」
 新聞部へ行けば情報があるかもしれない。そこまで考えて、花恵は自分のポケットの膨らみに気がついた。
「役に立つかわかりませんけど、写真なら他にもあります」
 少し恥ずかしかったが、花恵は自分が写った他の写真を渡した。すみれ子はその一枚一枚をじっくり観察している。
「同じカボチャが写っている写真があるわね」
 見終わった後、すみれは二枚の写真を並べた。一枚は、校庭で二人のカボチャが野菜でお手玉をしている写真。もう一枚は、ゴミの集積場でボヤ騒ぎがあった時の写真。野次馬の中にカボチャの二人組がいる。どちらの写真にも、花恵が小さく写っている。
「どこかで見たと思ったら、奇術部の人だったんですね。あの日、奇術部は校庭で大道芸をしてました」
「もう一枚はボヤ騒ぎの野次馬の中」
 ボヤと言っても、実際は素人がバケツで消せる程度の火だった。とはいえ、現場には野次馬が集まり騒然となったため、生徒会が事態収拾に苦労をしていた。
「花恵さん、奇術部は何をしていたの?」
「ジャグリングとか、玉乗りや一輪車とか、あ、それから、炎のお手玉をやろうとしてました」
「炎のお手玉?」
 すみれ子が顔をしかめた。それがボヤの原因ではないか、と無言のまま問いかけてくる。
「でも、生徒会の方が来て、絶対にダメだって言われて中止になりました」
「そう。でも、もし花恵さんだったらどう思う?」
「それは、悔しいと思いますけど、あの、もしかして、すみれ子さま」
「花恵さん、これは初めから仮定の話よ。証拠なんてない。だから、私は思いついたことを話すわね」
 前置きをして、すみれ子は口を開いた。
 奇術部の二人は炎のお手玉が禁止されて不満だった。これでは何のために練習したのか分からない。だから、秘密でやることにした。仲のいい子だけを集めて。そして、きちんと火の始末をせずにゴミを捨てたためボヤが起きた。
「そう考えると、子羊箱の相談内容が推測できるわ」
「ボヤを起こしたことを懺悔しようとしたってことですか?」
「そう。奇術部の片方は罪悪感に押しつぶされて、匿名で子羊箱へ罪の告白、懺悔をしたのよ」
「もう一人の奇術部員は、投函後にそれを知らされたわけですね」
「たとえ匿名でも調べられればバレてしまう。だから、子羊箱から回収する必要があった。急いでね」
 森先生が回収してしまったら終わりだ。時間が少なかった。だから、仮装したまま子羊箱へ向かった。
 これで投函された相談内容と回収する理由が説明できた。
「でも、まだダメね。鍵の問題を説明できない。鍵は保健室に保管されているはず。だけど、あの日、先生は保健室で仕事をしていた。とても盗み出せたとは思えない」
「それなら道具とか使って、例えば糸にテープをくっつけて」
「できるかもしれないけれど、制限時間は三分。成功すると思う?」
 奇術部だろうと、ぶっつけ本番で成功するとも思えない。花恵は素直に案を引っこめた。
「うーん、じゃあ鍵を壊したとか」
「そんなことをしたら、大騒ぎになって犯人探しが始まるわよ」
 現時点で子羊箱がらみの騒ぎは起こっていない。
 どういうことなのだろう。頭をひねりながら、花恵は初めの写真のカボチャを見た。
「この通学バッグって何を入れてたんでしょうね」
「当然、何か役立つ道具を入れて……入れる?」
 つぶやくように言ったあと、すみれ子が動作を停止した。
「どうしたんですか?」
 声をかけても反応しない。花恵が肩に手を置こうとした瞬間、すみれ子の唇が動いた。
「もしかして、回収ではないのかもしれない……」
「どういうことですか? 告白の文章を読まれたら困るんですよね」
「そう。問題は読まれたら困るということよ」
「だから、読まれないためには回収するしか」
 すみれ子がゆっくりと首を振った。
「もっと簡単な方法があるわ」
 すみれ子は断言した。そこに迷いがなかった。花恵は黙して次の言葉を待った。
「水を入れたのよ」
「え……」
「子羊箱へ水を流し込めば用紙はずぶ濡れになる。白桜ではみんなお揃いの万年筆と水性インク使っているから、水に濡れば読めなくなってしまうわ」
 花恵は想像した。カボチャの仮装をした奇術部員が子羊箱にペットボトルの水を流しこむ姿を。箱の中にある何枚もの用紙が水浸しになってしまう様子を。
「そんな! そんなことをしたら、他の人の相談だって!」
「そんなの気にしている状況ではなかったはずよ」
 勝手すぎる。そんなの許されない。花恵は憤りを覚えた。
「水で濡れていたというだけなら、雨水が漏れたとか、結露したとか、何か偶発的な要因でそうなった可能性を捨てきれない。先生だって、いきなり事件にはできない」
 とりあえず様子見。ありそうな話だ。花恵は思った。
 すみれ子が一番初めの写真のカボチャを指さした。
「この奇術部員は都合の悪い相談用紙を消すために子羊箱に水を入れた。これが私の結論よ」
 花恵は立ちあがった。
「私、保健室へ行ってきます。こんなの、私」
「待って花恵さん。私はあくまで一つの可能性を示しただけ。証拠なんてないのよ」
「だから確かめに行くんです!」
 すみれ子が花恵の腕を掴んだ。振りほどけないほどの力がこもっていた。
「推論が当たっていたら、あなたはどうするつもり?」
「私は……ただ、あまりにも身勝手なのが許せなくて……他人の悩みを踏みにじるような」
「それなら、奇術部を糾弾して相応の罰を受けさせる? 人生を左右する重い罰になるかもしれないわ。花恵さん、あなたにその覚悟はある?」
「違う……私は、そんなことをしたいわけじゃ……」
 身体を支えられず、花恵は椅子に腰を落とした。
「ごめん、なさい、すみれ子さま。私には、覚悟が……ありません」
 悔しかった。無力さなのか、勇気のなさなのか、分からないが、なぜか涙があふれてきた。花恵は、頬を流れる温かい液体をぬぐうこともなく、頭を垂れていた。
 すみれ子は花恵の頭に手を回して抱き寄せた。そして、優しく頭をなでた。
「私にもそんな覚悟はないわ。ただの可能性。それでいいのよ」
 耳元で、すみれ子の安らかな声が響いた。焼きたてのパンのような温かく心地いい感触に包まれて、花恵は負の感情が消えていくのを感じた。
「わかりました」
「いい子ね」
 花恵は考えることをやめた。すみれ子は頭をなで続けた。
 ずっとそうしていた。
(了)