aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

【第0回】短編小説の集い とりあえず参加

 最近、全然小説を書いてないし、書けないしで、リハビリしなきゃと思ってたんですけども、ちょうどよく下のものを見つけちゃいましたので、ちょっと書いてみようかなと思った次第です。


【第0回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - Novel Cluster 's on the Star!

 お題は「りんご」、三人称限定、5000字以内。
 

Aの記録.txt

 五月二十二日--A
 翌日の朝、Aが目を覚ますとテーブルにりんごが置いてあった。まったく見覚えのないりんごだった。流れ出た血液のように鮮やかな色をしていた。
 Aにはりんごを買った記憶がなかった。プレゼントしてくれるような知り合いもいない。
 では、なぜりんごがここにあるのか。
 何者かが持ち込んだのかも知れない。Aはそう考えて、まず玄関の戸締まりを確認した。ボロアパートの安っぽいドアではあるが、しっかりと施錠されていた。チェーンロックもかかっている。部屋の窓にも鍵がかかっていた。
 外部からの侵入ではないはずだ。しかし、そうなるとりんごが存在する理由が説明できない。
 Aはりんごを見つめながら考えた。その赤い色を見ていると、次第に鼓動が早まっていくのを感じだ。
 まだ侵入者が部屋の中にいる可能性がある。すぐに外へ逃げるか。警察へ通報するか。
 Aはそのどちらも選ばなかった。なにも確信が持てない以上、警察には通報できない。外へ逃げたとしても、それからどうすればいいのかわからなかった。
 用心のため鉄製のアイロンを持って、Aは狭いアパートの人が隠れられそうな場所を見ていった。ベランダ、押入れ、洗面台の戸棚、台所の戸棚。そして、Aは風呂場へ足を踏み入れた。愕然と立ちつくした。意味がわからなかった。
 浴槽の中に大量の食品が入っていた。よく見ると、それは冷蔵庫に入っていた物だった。牛乳やオレンジジュースのパック、キャベツ、レタス、玉ねぎ、人参、じゃがいも等の野菜類、ハム、ソーセージ、チーズ、バター、卵のパック、漬物の入ったタッパーなど。しかし、見慣れない物もあった。パイナップル、桃、みかん、グレープフルーツ、バナナなどの果物だった。りんご同様、こんな高そうな果物を買った覚えはなかった。
 そもそも、なぜ冷蔵庫の中身が浴槽の中にあるのか。今、冷蔵庫の中はどうなっているのか。
 Aは風呂場を出て冷蔵庫の前に立った。冷蔵室の取手に手をかけた。
 その瞬間、Aの目の前が真っ暗になった。頭がクラクラとして世界が回る。足元がおぼつかなくなり尻餅をついた。
 目前の暗黒のスクリーンに大量の映像の断片が流れていった。それは昨日の映像だった。
 Aはそれをぼんやりと眺めて、そして、この日はじめて口を開いて声を出した。
「ああ……。忘れてた」


 五月二十一日
 この日、Aは仕事を終えると寄り道することなく電車に乗った。遊びに行く場所も相手もいない。真っ直ぐ家へ帰るだけだった。
 ただボロアパートと職場を往復するだけの生活。働いて得られるのは最低限の金と、無為の時間で埋められる休日。大きな不満はない。幸福もない。そんな生活をもう十年も続けてきた。なんの変化も刺激もないぬるい水の中で自分が腐っていく。Aは常に満たされない気持ちを、心のどこかに大きな穴が空いている感覚を抱えていた。だからといって、この生活を変える方法もわからなければ、行動を起こす勇気もなかった。
 いつもの駅で降りて、Aは人の流れに乗って歩いた。
「すいません」
 駅を出たところで、Aは声をかけられた。若い男だった。大学生くらいだろうか。スポーツでもやっているのか、ほどよく引き締まった身体をしていた。
「フルーツいりませんか? 売れ残ってしまったので、一つ買ってくれませんか?」
 若者は果物がつまったカゴを持っていた。りんご、みかん、グレープフルーツ、パイナップル、他にも色々な種類があった。
 Aが足を止めると、若者はニッコリとさわやかな笑みを浮かべりんごを差し出してきた。
「おいしいですよ。一ついかがですか?」
「いくら?」
「一つ五百円です」
 笑顔を崩さず若者は言った。
 高い。反射的に思ったが、Aは口に出さなかった。代わりに財布から五百円玉を出した。
「ありがとうございます!」
 元気にお礼を言って、若者はりんごをAの手に握らせた。その男っぽい手が触れた瞬間、Aの心臓が高鳴った。胸の中になんともいえない甘酸っぱい感情がわきあがってきた。それは、はるか昔に忘れてしまった感情だった。Aは若者に恋をしていた。ほとんど一目惚れだった。
 そんなAの様子など気づくはずもなく、若者は次の客を探して離れていこうとしていた。客以外の何者でもないのだから当然だった。だが、Aは我慢できなかった。
「ちょっと待って。まだ欲しいんだけど」
 Aは若者を引き止めるため、再び客になることを選んだ。
「本当ですか? ありがとうございます」
 若者は人懐っこい笑顔で戻ってきた。そして、カゴを広げてフルーツを選ぶように言った。
「どれも新鮮で美味しいですよ」
 そんなセールストークはAの耳を素通りしていった。Aは考えていた。ここで買うだけでは、すぐにまた繋がりが途絶えてしまう。客と売り子という関係を飛び越えて、次へ繋げるような方法はないのだろうか。
「このパイナップルなんてどうですか? 美味しいって評判なんですよ」
 Aが値段を聞くと、りんごの数倍近い値段を提示された。普段なら検討すらしないはずだが、Aは若者の気を引くために悩んでいる素振りを見せた。
「買いたいのは山々なんだけど、今、手持ちがなくって……。家にならあるんだけど……ここから五分ぐらいのところだから、ちょっとついてきてもらっていい?」
 完全に博打だった。とにかく一分一秒でも一緒にいることができれば、なにかしらのチャンスを作ることができるかもしれない。Aは自分でも呆れるほど必死だった。
「いいですよ。行きましょう」
 Aの緊張とは裏腹に、若者は驚くほど軽い調子で答えた。
 二人はAのアパートへ向けて歩きだした。
 Aは舞い上がっていた。若い男とアパートへの道を歩いている。引っ越してきて数年経つが、一度もそんなことはなかった。
 こんな簡単な事で世界が違って見えた。カップルにも親子連れにも腹が立たない。世界が輝いて見えた。
 アパートへ到着するまでの間、Aは若者と話をした。というよりは、一方的に若者が話し続けた。彼は近くの大学に通っている二十歳。将来へつながるバイトをしようと探していたら、フルーツ売りに出会ったという。歩合制なのが大変だと言うが、やりがいがあって非常に勉強になる仕事だと熱い口調で語った。その未来を信じる横顔にAはますます魅了された。
 築数十年のボロアパートに到着しても、若者は目立った反応を示さなかった。嫌われてしまうのではないかとドキドキしていたので、Aは内心ホッとしていた。
 Aは部屋の鍵を開けて若者を招き入れた。
「お邪魔しまーす」
 友達の家へ遊びに来たような口調で言って、若者は足元にかごを下ろした。Aはお茶を入れるので部屋の中へ上がるように誘った。最初は遠慮する素振りを見せたものの、最終的に若者は一つしかない座布団へ腰を落ち着けた。
 Aはお湯を沸かしていた。その合間に若者の様子をチラチラと見ながら考えた。
 女の部屋に上がるということは、彼にもその気があるのではないか。嫌だったらこんなところまで来るはずがない。性欲の強い若い男だから少しぐらい年齢が離れていても気にならないのだろう。間違いない。彼は女の肉体を欲している。
 結論が出ると、Aはコンロの火を止めた。若者の背後へ忍び寄った。無防備な背中だった。Aは若者の身体を半回転させながら押し倒した。虚をつかれた若者は反応できない。Aは顔を近づけて唇を押しつけた。
 久しぶりのキス。もう十年以上していなかった。Aがその感触を楽しもうとしていると、強い衝撃が胸を貫いた。Aは転がって頭を打った。
「何しやがんだこのクソババア! 死ね糞が! 臭えんだよ豚ババア! 養豚場へ帰りやがれ! 何勝手に人間様に欲情してやがる! くたばれや! ゴミ女!」
 Aの上から怒号が降ってきた。目前にいるのはあの好青年ではなく、怒り狂った赤鬼だった。
 Aは彼の凶悪な正体に恐怖した。それと同時に、優しい顔をして、こんな暴力性を隠して、取り入ろうとしていたことに激しい怒りを覚えた。
 若者がAの腹を蹴った。身体から嫌な音がした。意識が飛びかけた。呼吸ができなくなりのたうち回った。さらに何発も蹴りが入れられた。
 このままでは殺されてしまう。 なんとかしないと。
 Aの視界の片隅にアイロンが目に入った。あれは鉄製でとても重い。Aは腕をいっぱいに伸ばしてそれを握った。
 そして、若者の左足へ振り下ろした。
 

五月二十二日--B
 冷蔵庫の中にはあの若者がいた。
 未来を信じていたフルーツ売りの若者が、冷たくなって変な形で押し込まれていた。
 どうしてこうなってしまったのだろうか。
 Aは冷蔵庫を閉めた。
 これからどうするのか。どうすればいいのか。
 Aはふらふらと歩いてベッドへ倒れこんだ。りんごがテーブルの上に置いてあるのが見えた。
「おなかすいた……」
 Aはりんごを手にとってかぶりついた。
 血の味がした。

 了