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aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

鬱読書 或る朝の 吉野弘

2010年もあと20日を切ってしまった。12月はクリスマスのある月だ。
もてない人間が、自分という人間がいかに価値がなく、たった一人の異性からも必要とされていないことを十分に実感し、鬱になる月である。そして、ロクになにもできなかった一年を悔やむ月であり、今年と大差ない来年が始まることを恐怖する月でもある。
とにかく憂鬱な月なのだ。

さて、そんな月にもっと憂鬱になろうと、もっとどん底にたたき落とされようと、読むだけで欝になれるような本を探して鬱読書を始めることにした。

まず、大仏のアイコンをした人から、大江健三郎の「人間の羊」を勧められたので読んでみた。

戦後の統治下の日本で、外国人兵の屈辱的な暴行にさらされた主人公と、それを傍観していた教員の物語。
主人公は暴行されたことを早く忘れて日常生活に戻りたい。しかし、それを教員が許さなかった。彼は法と秩序の名のもとに、外国人兵に法的な裁きを下そうと正義に燃えていた。そして、正義を燃やす煙で現実を見る目が曇っていた。面倒に巻き込まれたくない主人公は教員を拒絶して逃げようとする。正義の実現のため、主人公を犠牲の羊にしたい教員はしつこくつきまとう。どこまでもどこまでもつきまとう。やがて、拒絶ばかりする主人公を憎悪し、教員は主人公を外国人兵と同様に打倒すべき相手とみなすようになった。

たしかに、どんよりとしているというか、救いがないというか、もやもやした気持ちが残るというか、スッキリしない、いやあな小説ではある。しかし、ボクのツボにははまらず、欝にさせてくれるほどの破壊力はなかった。

とりあえず別の本にすることにした。本棚を眺めていると、

生きるかなしみ (ちくま文庫)

生きるかなしみ (ちくま文庫)



この本が見つかった。ボクが病んでいた頃に買ったものだ。
「生きるかなしみ」というタイトル通り、この本は生きるかなしさを描いた作品を集めた本である。ボクの欝読書にぴったりの本だろう。

何年かぶりに本をパラパラとめくってみると、最初に収録されている詩が目にとまった。

或る朝の 吉野弘

買ってから何年も経っているのに、心にぐっさりと刺さって落ちこんだことを覚えていた。たった3ページの詩なので、さっくりと再読してみた。
この詩は、見えないところで肥えていく日常の哀しみを表現している、らしい。

ある朝、妻がクシャミが投げやりな感情が交じり、それを子どもが「変なクシャミ」と笑うという日常的な描写から入る。

そして、日常描写で油断していたところに、次の一節が突然現れる。

昼間の銀座
光る車の洪水の中
大八車の老人が喚きながら車と競っていた
畜生 馬鹿野郎 畜生 馬鹿野郎――と


この一節を読んだ時、ボクの頭の中には次のような情景が浮かんだ。

昭和初期、関東大震災から早々と復興した銀座。こぎれいな建物が立ち並び、人々で賑わい、モダンガール・モダンガールが街を歩き、数多くの車が行き交っている。
そんな発展著しい街で、時代に取り残されたような小汚い老人が、荷物を載せたボロボロの大八車を引きながら、口汚くわめいている。

「畜生! バカヤロウ! 畜生! バカヤロウッ!」

老人は呪詛を吐く。
道行く車に、街を歩く人々に、気取ったモダンボーイ・モダンガールに、老人を置いてどんどん変わり続ける銀座に対して。
街の人々も、車に乗る人も、街さえも、老人を嘲笑する。変化についていけない哀れな人間だと小馬鹿にする。

世の中はものすごいスピードで変わっていく。適応できない人間はどんどん置いていかれる。変われない人間が悪いのかもしれない。
老人は変わることが出来ない。世の中が変わって仕事が無くなっても、歯を食いしばって、今までやってきたことを繰り返すしかない。それにしがみつくことしか出来ないのだ。なぜなら、ずっとそれだけやって生きてきたから、それ以外、生きるすべを知らないから。

あとから来た人間がどんどん自分を追い越していく。
いとも簡単に効率的に仕事が片付けられていく。
あっさりと居場所が奪われ、役立たずになる。
そして、表舞台から退場させられる。

「畜生! バカヤロウ! 畜生! バカヤロウッ!」

この言葉は、
必死にしがみつこうとして
それでもどうにもならなくて
どうしようもなくて
最後の最後に
爆発させた感情が形になったものだ。

いつかこの先の未来で、ボクが口にする言葉なのかもしれない。
そんな未来を思うとボクは鬱になる。













もちろん、詩の一部を勝手に抜き出して、勝手に膨らませて、勝手に落ち込むのは、作者の意図するところではないだろうし、作者はぜんぜん別のことを考えて書いたと思う。時代背景も戦前じゃなくて戦後かもしれない。