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aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

不幸について本気出さずに考えてみた

幸福について語るとき、以下のような意見を見ることがある。

なにを幸せと感じるか、それは、その人次第です。
人それぞれ、違う幸せの形があっていいんです。
今の自分を幸せって思うことから初めて見ませんか?

まあ、確かに、幸福は人それぞれ、その人の感じ方次第だっていうのは正しいとは思う。
だけど、なんていうのか、その人それぞれっていうのは間違ってないかもしれないけど、なんかキレイ事すぎるんだよね。もっと現実は残酷で、そんな生ぬるい価値観を許してくれないことは、平凡に生きていれば十分すぎるほど実感できることじゃないかと思う。
他人に蔑まれ、殴られ、貧困の底であえぐことに快楽を見いだせるド変態でもない限りなかなか難しいはずだ。

ボクは幸せなのだろうか。それとも不幸なのだろうか。そんなことを自問すると、
「自信を持って幸福だって断言できることはねえよ。だけど、めちゃくちゃ不幸だとも思わないな。なんか、ゆるーーーーーーーく不幸なんじゃねえの」
もしくは、
「自殺するほどドン底まで沈んでないけど、人生楽しい!って言えるほど満たされてもない」
そんな答えが返ってくる。
苦汁を何リットルも飲み干しているわけでもないし、底辺を這いつくばって、殺虫剤をかけられたゴキブリのごとく、もがき苦しんでるわけでもない。
なんとなく抱えている不幸、というか、不安みたいなもので、その原因は、色々あるし、Excel2000の最大行数に収まらないほどたくさんあるかも知れない。その大半が自分の責任なんだろう。
まあ、そんなわけだから、なにかいいこと思いつかないかなあと、タラタラと考えてみたことをまとめてみる。

なんとなく考えた結果、幸せっていうのはいくつかのパターンに分けられるんじゃないかと思う。

1 自分の状態との比較

例えばこういうコト。
A君は道端で500円拾った。誰も見ていなかったので、良心に従うままA君はその金を自らのものにした。
このとき得られる幸福感は、A君の状態によって変化する。
・A君は12歳でおこづかいは月に1000円。
・A君は25歳で月収は20万円。
12歳のA君の場合、おこづかいの半分の臨時収入を得たため、いったい何に使おうかウハウハだろう。
対して、25歳のA君の場合、「やったねラッキー」ぐらいしか思わないだろうし、一日もすれば忘れているだろう。
つまり、どれだけの幸福量があるかはその人の状態によって変化するということ。

2 世間の普遍的な幸福観と比較

・恋人がいる
・友達に囲まれている
・結婚している
・子どもがいる
・地位がある
・安定した仕事についている
・お金がある
だとか、あげればきりがないんだけど、そういった世間やマスコミがそれが正しいと演出する価値観と比較して、
「俺は結婚して子供もいて地位もあるから最高に幸せだぜ!」
のように、自分の幸福度を測ることができる。もちろん、こんなあからさまに言うことはないだろうけど、こんなニュアンスのことを言う人は見かけることがある。

3 自分の観測範囲内の他人との比較

・あいつより金持ってる。
・あいつよりいい彼女がいる。
・あいつよりいい学校出てる。
・あいつよりカッコいい。あいつより可愛い。
・あいつより頭がいい。
・あいつの家の子供より優秀だ。
・あいつよりテストの順がいい。
・あいつより営業の成績がいい。
つまり、自分の周りにいる誰かと比較して、「あいつよりマシだから幸せだ」ってこと。

4 世界中の不幸な人々と比較

これは、ちょっと前に話題になったひろゆきとカツマーの人の対談で、ひろゆきが言った幸福観と同じだと思う。
ひ:いや、だから僕は水と安全が確保されているということが大事で、で後は別になんか給料が低いとかって言うのは生きていく上でそこまで重要ではないと思うんですよ。 http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503

つまり、世界中には不幸な人々が掃いて捨てるほどいるんだから、相対的に上位に位置している裕福な日本で、健康的に生きられるのは幸せなことだ、という主張だと思う。
生きているから幸せって考え方と似たようなもん。




さて、なにが漠然とした不安だとか、ゆるーーーい不幸を呼び寄せるのだろう。
4 は不幸な人々との比較なので、世界的に恵まれている日本に暮らしていて、健康体であるボクが、このパターンで不幸になるはずがない。

1 は自分との比較なので、ある程度、自分でコントロール可能なんじゃないかと思う。
例えば、
12歳のA君がうっかり1000円落としたら、あまりの悲しみに、世界が終わったような不幸感に見舞われる。
だけど、25歳のA君なら1000円落としたところで、ある程度はヘコむにしても、世界が終わるほどの不幸感は覚えないだろう。
つまり、大人になってお金を稼ぐことで、1000円落とした時の不幸感を軽減することができる。10万円落とした時の絶望感は、年収1億になることで軽減できる。極端な例だけど。


なにが原因かっていえば、2と3なんだ。
2 の良い面は、世間が作り出した共通認識に当てはまっていれば、自分が幸せだと認識するできることだ。
逆に言えば、そこからはみ出してしまえば、とたんに不幸になってしまう。
「そんな基準関係ねえよ! 俺が基準だ!」
と、言ってみたところで、世間というヤツはそれを受け入れてくれない。それどころか、逃げていると嘲笑われる。
「あの人、40にもなって結婚してないんだって」
「30にもなって童貞。キモイ」
「おじちゃん、どうして働かないの?」
「料理もまともに作れないなんて」
「家庭を持って一人前だ」
こんな感じで、世間の基準に当てはめられて批判されることなんて日常茶飯事だろう。ネットなんか、そんなもので溢れている。
今日見かけたこの記事なんていい例だ。職業で勝手に勝ち組、負け組を決めつけている。
地方で働くということ - Chikirinの日記

3 も世界中のどこにでも溢れかえっている。
例えばコレ。
高卒だけどお前らが大学行ってる間に1000万貯めた
1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/06(月) 09:06:15.79 ID:9HJonrvo0
お前らが大学4年間通ってる間俺はずっと働いてたから1000万貯まったw
手取り22万、ボーナス込で年間330万くらい入るから年間250万貯金したwww

実家暮らしだから出費ほとんど無いんだよねww
25歳まで実家暮らしする予定だから1500万は貯まる予定www

彼女も同じくらい貯金してるから2人あわせて3000万貯まったら家を一括購入して結婚する予定www
うらやましいか?www

大学行った奴は奨学金で何百万も借金してるのにこっちは1000万も貯金できちまったからな^^;
ちょっと自慢してやろうと思っただけさ^^;悪く思わないでくれ^^;
http://404nots.blog88.fc2.com/blog-entry-1199.html


お前たちより金を持っている。
お前たちよりいい彼女がいる。
結婚もして、家も買って、お前たちより幸せだ。
そうやって声高々に主張することによって、持たない相手を落ち込ませ、不幸にさせ、相対的に自分の幸福度を高めるテクニックだ。



ホントに嫌になるんだけど、誰が悪いわけでもないから、特定の誰かを責めることはできない。だって、みんなでそんな社会を作り、仕組みを作り、価値観を共有しているのだから。みんな共犯だ。

2と3を押しつけてくる相手がいたとしても、
「自分はそんな価値観持ってないし興味ないから、世間がそういう共通認識を持っていたとしても、関係ないし、自分の好きなように生きる」
そう断言することはできるんだ。だけど、どこかで引っかかる。何かが不安の種を植え付ける。それが、「自分はこのままで大丈夫なんだろうか。こんな人生でいいのか」っていう、ゆるーーーーい不幸感や、漠然とした不安感につながっていくんじゃないかと思った。

結局、誰からどんなことを言われようと、自分を持ち続ける強さを身につけるしかないのか。














ちんこ。