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aoi_tomoyuki's blog

その時書きたかったこと書いてます。

高校生がタバコを盗もうとしていた

昨日の昼休みの話。

僕は、安物のうどんで腹を満たし、会社へ戻る途中だった。
前方に高校生の集団が歩いていた。制服を派手に着崩し、 日に焼けた肌をやたらと露出させ道幅いっぱいに広がり、大声で話し、馬鹿笑いをしていた。
珍しい光景ではないし、彼らと関わり合うこともないので、
暑い暑いとぼやきながら、僕はのそのそと足を動かしていた。

高校生の集団から一人抜けて、進行方向とは逆に走り出した。
つまり、僕がいる方向へ近寄ってきた。
内心身構えながらも、僕は平静を装い歩き続けた。
高校生の目的は、僕ではなく、近くに止まっていた自転車だった。
自転車のカゴには何か物が入っていた。僕の位置からではよく分からなかった。

高校生はカゴの中に手を突っ込んだ。
中にゴミでも捨てるんだろうか。
そんなことを僕は思った。
用事が済むと、高校生は仲間の元へ走っていこうとした。
その時、自転車が止まっている前の店から、老人が出てきた。

「コラッ!」

へらへら笑いながら、高校生が謝罪の言葉を口にした。
そして、新品のタバコを投げ捨て逃げていった。

高校生の謝罪は明らかに口先だけで、
なにひとつ悪びれる様子もなく、
自分が犯罪を犯そうとしていたという認識に欠けていた。

老人は、ぶつくさ言いながら、タバコを拾って店の中へ戻っていった。


先週の金曜日、

404 Blog Not Found 無期懲役囚の主張 - 書評 - 死刑絶対肯定論 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51492695.html

ここで紹介されている本を読んだ。

死刑絶対肯定論―無期懲役囚の主張 (新潮新書)

死刑絶対肯定論―無期懲役囚の主張 (新潮新書)


目次が刺激的で、ちょっと心惹かれてしまったのだ。
本の内容はというと、リンク先の目次通りだった。
僕のようにぬくぬく生きている人間には、少々刺激が強すぎた。
犯罪者のメンタリティにため息をつき、
ぬるま湯のような刑務所の環境に不安を覚え、
人を殺すことに罪悪感さえ覚えない人間が、
更正することなく次々と刑務所から出てくることに恐怖を覚えた。
この本の中で著者が繰り返し言っているのは、
大半の犯罪者は反省しない。更正しない。
ということだ。
たとえば、

 殺人犯達の多くは、倫理観・道徳というものは持っていません。
 例えば、人を殺すことは悪か?と訊けば九九パーセントの者が悪である、と答えるでしょう。
 しかし、自身が他者を殺めた事実については、事情が変わります。殺すことは悪である、だが、自分の犯行には理由があり、加えて被害者に非があると平然と言う者が半数以上です。強盗に入った者は口を揃えて、その場に居合わせた被害者に運がなく、素直に金品を渡すことなく、大声で叫んだり、抵抗したり、命令口調で制止したことが悪いと非難します。これが平均的な弁解です。

こんな感じだ。

犯罪者は反省しない。自分が悪いとは思わない。被害者の落ち度を責める。
「いじめられっ子にもいじめられるだけの理由がある」という、よくある言い分に似ているかもしれない。

きっと、あの高校生を警察につきだしたら、
その場限りで、ものすごい勢いで反省するのだろう。
でも、内心は、
「タバコぐらいで怒るなよ」
「あんなところに入れておくのが悪いんだろ」
「大人ならタバコ代ぐらい屁でもないだろ」
こんなものだと思う。
あの高校生を取り巻く環境が、
そういう思考や行動を許してしまっているのだ。
たぶん、変わらない。死ぬほど痛い目を見なければ。
そんなことを考えながら、僕は歩き続けた。

道の先では、高校生が仲間たちと合流し、
楽しそうに、青春してますといった感じの馬鹿笑いをあげながら、
たらたらと走って逃げていった。

こんなことも、時が過ぎれば彼らの中で、
笑い話の一つになるのだろう。
きっと、あんなワル乗りだけで生きているような連中も、
時と場所が変わればリア充と呼ばれるのだろう。

「リア充爆発しろ! ついでにmixiで犯罪自慢して炎上しろ!」
僕は脳内Twitterにつぶやいた。
夏の暑さには文句言えても、
高校生を注意することなんてできない。
それでも、底辺を這いずり回って、
毎日、何十匹も苦虫を噛み潰すような人生は、
誰の責任でもなく、全部自分が悪いってことぐらいは素直に認めたいものだ。

ちんこ。